武市半平太生家
司馬遼太郎さんの代表作、竜馬がゆくのなかで前半に登場する主要人物が瑞山武市半平太です。戯曲「月形半平太」のモデルとなったことでも知られています。
武市半平太はぺリー来航前から土佐郷士たちの間で尊敬を集め、自然と頭目に押し立てられていました。
幕末の激動期の初期、龍馬も参加した「土佐勤王党」を組織して、一時期は薩長土と3藩並び称せられていました。
半平太生家の客間です。
現在お住まいの坂本さんのご厚意により見せて頂きました。一般に開放しているわけではありません。
この客間の柱には、小柄でつけたと思われる傷が多数残されています。半平太がつけたのではと伝えられています。
武市半平太は、土佐勤王党結成以後はこの生家ではなく高知城下に住んでいましたが、城下から生家までの距離は近いので頻繁と帰ったと思います。
この客間で坂本竜馬や土佐勤王との面々と時勢を語らったのでしょう。
須崎市の浦の内に立つ武市瑞山像です。
なぜここに立っているかは今もってわたしには分かりません。
幕末、京都で蛤御門の変以降、土佐藩では勤王派への弾圧が始まりました。
武市半平太をはじめ、土佐勤王党の主要メンバーも次々と牢獄に下獄しました。そうした不穏な情勢の中、清岡道之助を中心に23名の郷士が写真の奈半利川河畔で極刑に処されました。
事実上の土佐勤王党の壊滅です。
以後、歴史は土佐脱藩浪士の坂本竜馬、中岡慎太郎らによって旋回してゆくことになります。
H.N.うーたん(Yuichi Mizunuma)
当サイトの執筆・撮影とシステムの製作等全てを行っています。林道への案内板やクライミングトークのWebMasterでもあります。使用バイクのジェベルXCは1997年型、2002年型と乗り継ぎ、三台目の2004年型のジェベルXCを売却して、現在はバイクツーリングには行っていません。、これまでのツーリングの総走行距離は約21万kmです。
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2013年まで、春夏秋冬、北海道から九州沖縄まで、ツーリング・登山・サイクリング・パドリング(カヤック)をしています。年間のテント泊数は40泊から60泊程度、日帰りを含めると年間80日くらいはアウトドアにいました。
現在は東京都八王子市高尾に在住しています。オートバイから少し離れていて、主に登山とサイクリングを趣味にしています。
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